冬の間の作業である「本剪定」・「誘引」が終わった畑では、直前に迫ったシーズンのスタートに向けた様々な作業が始まります。その作業の1つである「植え付け」は、数年後の成長を想像し期待を込め、これからの栽培に新たな気持ちを持てる楽しい時間でもあります。
今年の植え付けの中には、これまで中伊豆ワイナリーでは育てたことのない品種である「ビジュノワール」があります。新たな畑に植える品種として数ある中から選ばれたビジュノワールには、栽培家の「今後の将来を見据えた挑戦と期待」が込められています。
本記事では、その「新品種の植え付け」に注目してご紹介いたします。
新たな品種「ビジュノワール」を選んだ理由

雨の多い伊豆の地でのぶどう栽培において、雨対策の1つである「グレープガード」の設置は必須であり、健全なぶどうを収穫するために多大な貢献をしてくれるとても大事なものです。
これまでの栽培の歴史においても、さまざまな病気対策の試行錯誤の中で、グレープガードの上部のビニールをしっかり閉じ一滴の雨水もぶどうにかけない工夫がされたことで、見違えるように綺麗なぶどうが収穫されてきました。
ですが、そんな中でもグレープガードをかけずとも綺麗なぶどうを実らせてくれる品種がありました。それは「山ぶどう」×「カベルネ・ソーヴィニヨン」の交配種である「ヤマ・ソービニオン」です。大きな葉をもつ特徴があり、また栽培家の鋭い観察力から見出された栽培方法も合わさって、中伊豆の畑でグレープガードなしで栽培している品種です。
栽培家は、増えていく畑の枚数やそれに伴う作業量、そして毎年少しずつ変わっている気候変動などを踏まえた上で、もう一歩踏み出した新たな挑戦をしていかなくてはならないと考えていました。
それは、「グレープガードなしでの栽培」。これまでの栽培方法の中では、なくてはならない存在のグレープガードを「しない」という真逆の発想には驚きましたが、この新たな栽培方法を今後ヤマ・ソービニオン以外の品種、そして赤ワイン用品種だけでなく白ワイン用品種でも実践&研究し確立していく必要があると考えたのです。
そんな挑戦をスタートさせる大事な品種選びで候補にあげたのが赤ワイン用品種の「ビジュノワール」でした。ビジュノワールは、(甲州三尺×メルロー)×マルベックで交配された日本固有品種です。日本の気候に適しており、早熟性と耐病性の強さが特徴です。また、葉が大きいマルベックの特徴を持っており、同じく葉が大きいヤマ・ソービニオンの栽培経験を活かし、グレープガードを使わずに管理できるのではないかと選ばれました。
今回植え付けた畑は、以前ヤマ・ソービニオンが栽培されていた畑。ヤマ・ソービニオンで培った栽培方法をビジュノワールへと引き継ぐという願いも込めて、2025年3月に植え付けられました。
下穴掘り

植え付けの最初の作業は「下穴堀り」です。ビジュノワールは樹間3本(柱と柱の間1スパンに3本)で植えていきます。1スパンは約5メートルではありますが、それぞれ数センチのずれがあるため、全てのスパンを再度計測しなおし、正確な等間隔を出してからバインド線で印を付けます。
また、掘り出す時には、「バインド線を中心とした円形に掘る」「埋め戻しがやりやすいように土は穴の右横にまとめて高く積む」「下穴の真ん中は高さを残すようにしておき、苗木の根が自然と下に広がり安定して張れるようにする」など、気を配った下準備がされています。

苗木の植え付け

植え付けには細心の注意が図られます。最初にバインド線で印を付けた真下の位置に苗木を置きますが、正確な位置に植え付けるため、横から見たり、離れて見たり、上から見たりしながら、数センチのズレも許さないほど慎重に位置取りをしていきます。
中には重りを使って正しい位置を示しながら植え付けを行うスタッフもいました。「真っ直ぐに植えておかないと、10年後20年後、樹が成長して太ってきた時に、等間隔のバランスが崩れてしまう。そうなれば、樹勢や収量のことを考えた上で決めたベストな樹間のバランスもくずれ、健全なぶどうの収穫に影響が出るからだ」と栽培家は言います。
先を見据えた植え付けは、将来のぶどうの可能性を最大限に活かせるかどうかの起点であり、とても重要な作業であることが分かります。
また、植える深さにも注意が必要です。ぶどうは台木に接ぎ木して苗を育てます。病害虫に強い台木を選べばぶどうの健康を保つことが出来るなど、ぶどうの成長をサポートするメリットがあるため、台木に根をしっかり張ってもらわなければ意味がありません。
万が一深く植えこみ過ぎて、接ぎ木部分のビジュノワールが地中に入ってしまえば、ビジュノワールの根が伸びてきて、台木のサポートを受けることができなくなってしまうからです。そのため、接ぎ木部分が地面から数センチ高くなるように位置決めをして、十分に潅水し、埋め戻して植え付けが完了します。


切り戻し

苗木はある程度長い枝で届きます。1年目は、その枝の中で真っ直ぐで上を向きそうな芽を1つだけ選び、集中して成長するように育てるため、その芽が枝の頂点になるように枝を切ります。この作業を「切り戻し」といいます。
枝によって切り戻す長さはバラバラです。成長過程で芽が取れてしまったり、害虫に食べられてしまったりする恐れがあるので、全ての芽の成長を見ながら少しずつ減らしていき、最終的にひと芽にしぼります。やがてその芽は幹となり葡萄樹を支えます。
植え付けたばかりの苗はまだ弱いので、支柱でサポートし、草刈りで傷つかぬようホースで保護するなど、大事に見守られながら成長していきます。

成長の様子
植付け後のビジュノワールの成長の様子です。
順調に成長を続けグングン背丈が伸びてきています。



このビジュノワールがワインとして飲めるようになるのは約3年ほど先になります。
それまでの間、この伊豆の地で雨にも病気にも負けず、元気に成長していけるよう、栽培家の挑戦が続いていきます。
次回は、強い樹勢を持つ品種のバランスをコントロールするため、栽培家が行っているダイナミックな手法をご紹介いたします。少しマニアックな内容になりますが、「こんなことしていいの?」「大丈夫なの?」と一見無茶なように見える手法に、「どんな狙いと効果」があるのか。
じっくりと取材していきますので、是非楽しみにしていてください。