一年間頑張ってくれたぶどうの樹は、落葉が終わると休眠期を迎えます。寒い冬を乗り越え、来年の芽吹きの為に蓄えたエネルギーを無駄に使わぬよう、樹液を止め眠りにつくのです。

その間に行なわれる作業が本剪定。本記事では、本剪定にも大きくかかわる、品種ごとに違う「樹間」に注目しながら、栽培家たちが何を考え想像し樹の前に立っているのかを取材しました。


品種ごとの樹間の考え

<シャルドネ>

シャルドネはもともと樹勢が強い品種ですが、伊豆の温暖な気候や肥えた土壌環境も加わって、さらに樹勢が強くなり抑えることが難しく、これまでも多くの苦労があったそうです。(※樹勢とは:樹が大きくなろうとする勢いのこと。)

そもそも樹勢が強いと何が起こるかというと、光合成で作ったエネルギーを幹や枝を太く強く、長く遠くへ成長させることに使ってしまうので、ぶどう果粒へのエネルギー供給の優先順位が低くなり、結実不良や房が十分に成長できず収量が減る、逆に房が大きくなり過ぎて密集し空間が少なくなり腐敗や病気へのリスクが高まる、そして味の凝縮度が落ちるなど、きれいで健全なぶどうを収穫することが難しくなってしまいます。

1区間に3本で植えられた現在のシャルドネの樹


数年前のシャルドネの樹間は、1区間(5メートル)に5本の間隔で植えられていました。当時のシャルドネは、樹勢が強すぎて手に負えない状態だったので、「もっとシャルドネにとって過ごしやすい環境で育てるには何ができるのか…。樹間が5本では、地中で大きく広がった根と、地上の枝とのバランスがくずれているのではないか…。」栽培家はそう考え、数年かけて改植を行い、1区間3本に変更していきました。

隣の樹との空間が出来たことで、結果母枝を長くし、1本の樹に対しての枝の数、房の量を増やしました。

※結果母枝…本剪定で選ばれた2本の枝。実をつける芽の基となる枝のこと

すると、根と枝のバランスが整って、樹勢も落ち着き、ぶどうが心地よく育つ環境を整えてあげられるようになりました。風通しもよく病気の管理もしやすくなり、この環境に数年かけて慣れたシャルドネは、見違えるようにきれいなぶどうに変わっていきました。


<メルロー>

1区間に4本のメルロー


メルローも最初は1区間に5本の間隔で植えられていましたが、樹勢を抑える為、一つの畑を1区間3本の間隔へ改植しました。しかし空間が出来たからといって枝を長くし過ぎるとメルローの特徴である「芽飛び」が起きやすくなります。

芽飛びとは、結果母枝の中で主幹近くと先端だけに芽が出て、枝の中間に芽が出ないという現象の事です。そうなれば、1本の樹の中に、ぶどうが採れないエリアが出来てしまい収量が減ってしまいます。

栽培家は、その特徴を踏まえた上でコントロールしていますが、もう一つの畑で樹間4本の間隔で試してみたら、芽飛びの心配もあまりなく、いいバランスが取れることが分かりました。


<プティ・ヴェルド/信濃リースリング>

1区間に5本のプティ・ヴェルド


また、プティ・ヴェルドや信濃リースリングなど、房が小さく収量性が低い品種のぶどうは、樹勢の問題を考慮しても1区間5本の樹間で十分管理できるそうです。


シャルドネをきっかけに、数年かけて品種ごとの樹間を見直していき、今ではそれぞれの品種の個性に合わせ整えられています。ぶどうに寄り添ったやさしい栽培の考えを受け取った樹は「しっかり反応してくれる。それが嬉しいんだ。」と栽培家はいいます。こうしてそれぞれの品種が新たな樹間の暮らしに徐々に慣れ、色づきの改善や、房や実が小さくつまり過ぎない、凝縮感のある「理想とするぶどう」に近づけることが出来てきています。


本剪定の考え

本剪定の際、栽培家は樹勢だけでなく今年のぶどうの収量や、数年先の樹の成長とバランスを考えながら1本1本の樹と対話しています。どの枝・どの芽を残すかを考え、品種に合った樹勢を見極めながらバランスを保つための剪定です。

それぞれの品種にあった樹間の話をしましたが、その樹間を変えたことで剪定の考え方も変わりました。枝の選び方の基準や切り方、選ぶ枝の太さなどは樹間によって変えています。

例えば、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランなどの樹間が3本の品種では、空間が広く使えるので、結果母枝として選ぶ枝の太さは親指ほどの太めの枝を選びます。また、信濃リースリングやプティ・ヴェルドなど樹間が5本の品種は、小指程度の細めの枝を選びます。

ちなみに樹間4本の品種(メルローとカベルネ・ソーヴィニョンの一部)では人差し指程度の太さ。

また、結果母枝を両側に2本とる「ダブル」か、片方だけにする「シングル」かの仕立ての違いによっても剪定の仕方を変えているのです。


こうしたバランスやコントロールのとり方は、すぐに出来たわけではありません。これまでの栽培の経験や苦労の連続の中でぶどうが教えてくれました。

「どの枝・どの芽を残すかは、一筋縄では言うことを聞いてくれないシラーやカベルネが教えてくれた。樹勢の抑え方は、シャルドネとソーヴィニヨン・ブランとの関わりで教わった」と栽培家は言います。


お休みの樹

また、ちょっとバランスを崩し調子の悪くなってしまった樹への接し方にも気を配っています。気候の変動であったり、剪定や誘引の際にバランスがうまく取れていなかったり、と原因はさまざまですが、疲れてしまっているこの状態を放ったまま無理をさせ続けると、樹は回復することが出来なくなり、収量に影響が出てきます。

(結果母枝から芽がまばらにしか出なかった樹)


ですので、疲れた樹はしっかり休ませてあげることが大事です。片側だけ休ませる樹、1年後に元気に回復できるよう完全休養に専念させてあげる樹もあります。こうして疲れた樹が増えないよう、栽培家は樹の調子を確認しながら剪定をしています。

片側だけお休みさせた樹              両側しっかり休ませている樹

(1年間休ませたことで、適度な太さの枝を取り戻した樹)


長梢剪定の話

ぶどう栽培には色々な方法がありますが、中伊豆ワイナリーの畑ではほとんどの品種が「長梢剪定」で管理されています。

※長梢剪定…結果母枝をその枝の太さや充実の程度によって5〜12芽を残して切り落とす剪定法。どの枝を残すのか判断する必要があるため、初心者には難しく豊富な知識と経験が必要となります。

その理由について栽培家はこう言っていました。

「長梢で管理していくには、樹液の流れ、樹の強さ、枝の強弱、調子、芽の向き、バランス、根域、品種特性、これら全てを理解してコントロールしていく必要がある。難しい管理ではあるが、これによって深くぶどうを理解し、1本1本の樹に向き合い、寄り添っていきたいから長梢剪定にしているんだ。」


今回の記事では、本剪定にも大きく関わる品種ごとに合わせた樹間について深くご紹介しました。長年に渡るぶどう栽培の中での経験や苦労をしっかり受け止め、どうしたら乗り越えられるのか、考え、行動し、そこから学ぶ。こうした栽培家の努力の繰り返しがあるからこそ、ぶどう栽培に過酷な伊豆の地でも、毎年きれいなぶどうを実らせてくれているのだと思います。

次回は、植え付けについて取材していきます。期待の込められた品種の植え付けは、数年後の成長を想像しこれからの栽培に新たな気持ちを持てる楽しい時間でもあります。新品種の植え付けにも注目しながらご紹介いたします。